2020年関西学院大学『蜻蛉日記』人心うぢの網代|本文全文・現代語訳と語句解説

大学入試古文/蜻蛉日記
2020年 関西学院大学 出題関連

2020年関西学院大学で出題されたとされる『蜻蛉日記』を読む|現代語訳・敬語・文法

2020年関西学院大学全学部入試では、『蜻蛉日記』が出題されたとされています。このページでは、初瀬の長谷寺に参籠した作者が、久世を経て宇治川へ向かい、夫の藤原兼家と和歌を交わす関連場面を取り上げます。

このページに掲載している範囲は、公開本文上の「かくて、今しばしもあらばや」から「いと苦しうて来ぬ」までです。『蜻蛉日記』全体の全文訳ではありません。

公開されている『蜻蛉日記』本文をもとに、古文本文と現代語訳を場面ごとに対応させ、網代、二首の和歌、敬語の向き、「とかうものするほど」「ものし給ふ」「来ぬ」などを解説します。大学入試対策だけでなく、学校の授業や定期試験範囲でこの場面を確認したい場合にも使える学習用ページです。

このページの掲載範囲と確認できる内容

開始箇所 かくて、今しばしもあらばや
途中の目印 宇治の川に寄るほど/霧は来しかた見えず/人ごころうぢの網代に/とかうものするほど
終了箇所 いと苦しうて来ぬ

別場面を探している場合:「ただいまある文を見れば」という本文は、このページの掲載範囲内では扱っていません。

重要語句の短い答え

とかうものするほど:あれこれしている間に。

ものし給ふ:この本文では「いらっしゃる」「滞在していらっしゃる」。

人ごころうぢの網代に:兼家の来訪理由を皮肉る歌です。

本文末の来ぬ:「きぬ」と読み、「来た、帰り着いた」。

『蜻蛉日記』関連場面の古文本文と現代語訳

掲載場面を六つに分け、原文と現代語訳を対応させています。パソコンでは左側に原文、右側に現代語訳を表示します。スマートフォンでは原文の下に訳が続きます。

蜻蛉日記の古文本文と現代語訳を読み比べるイメージ
関連場面では、初瀬からの帰路、宇治川の霧と網代、兼家との和歌の応酬が描かれます。

1.「かくて、今しばしもあらばや」から久世まで

古文本文

かくて、今しばしもあらばやと思へど、明くればののしりて出だし立つ。かへさは、しのぶれど、ここかしこあるじしつつとどむれば、ものさわがしうて過ぎゆく。三日といふに京につきぬべけれど、いたう暮れぬとて、山城の国、久世の屯倉といふところにとまりぬ。いみじうむづかしけれど、夜に入りぬれば、ただ明くるを待つ。

現代語訳

こうして、「もう少しの間でも長谷寺にいたい」と思うけれども、夜が明けると、供の者たちが大騒ぎして出発させる。帰り道では名残惜しさをこらえているが、あちらこちらで土地の人がもてなしをしながら引き止めるので、慌ただしく時が過ぎていく。三日目には京に着きそうだったが、ひどく日が暮れたというので、山城国の久世の屯倉という所に泊まった。たいそう居心地が悪かったが、夜になってしまったので、ただ夜明けを待った。

2.随身の登場から宇治川まで

古文本文

まだ暗きより行けば、黒みたる者の調度負ひて走らせて来。やや遠くより下りて、ついひざまづきたり。見れば、随身なりけり。「何ぞ」とこれかれ問へば、「昨日の酉の時ばかりに宇治の院におはしまし着きて、『帰らせ給ひぬやと、参れ』と、仰せごと侍りつればなむ」といふ。先なる男ども、「疾う促せや」などおこなふ。宇治の川に寄るほど、

現代語訳

まだ暗いうちから進んでいくと、黒い装束の者が弓矢を背負い、馬を走らせてやって来た。少し離れた所で馬から下り、さっとひざまずいた。見ると、兼家の随身であった。「何事か」と一行の者たちが尋ねると、「昨日の酉の刻ごろ、殿は宇治の院にお着きになり、『作者がお帰りになったか、見に参れ』との御命令がございましたので」と言う。先を行く男たちは、「早く先を急がせよ」などと言う。宇治川に近づいていくと、

主語の注意:「おはしまし着きて」の動作主は兼家、「帰らせ給ひぬや」の「帰る」の動作主は作者です。詳しい敬語の向きは後半で整理します。

3.宇治川の霧と網代

古文本文

霧は来しかた見えず立ちわたりて、いとおぼつかなし。車かきおろして、こちたくとかくするほどに、人声多くて、「御車おろし立てよ」とののしる。霧の下より、例の網代も見えたり。いふかたなくをかし。みづからは、あなたにあるなるべし。

現代語訳

霧が、通って来た方角も見えないほど一面に立ち込め、たいそう様子がはっきりしない。牛車を川岸へ引き下ろし、大勢であれこれ準備していると、多くの人声がして、「お車を下ろして据え申し上げよ」と騒ぎ立てる。霧の下からは、以前にも見た宇治川の網代が現れた。何とも言い表しようがないほど趣深い。兼家本人は向こう岸にいるのであろう。

「いとおぼつかなし」の直接の理由は、霧のために来た方向も周囲も見えないことです。作者は、兼家の姿もまだ直接確認していません。

4.二首の和歌と宇治川の舟渡し

古文本文

まづ、かく書きて渡す。

人ごころうぢの網代にたまさかに
よるひをだにもたづねけるかな

舟の岸に寄するほどに、返し、

帰るひを心のうちにかぞへつつ
誰によりてか網代をも訪ふ

見るほどに、車かき据ゑて、ののしりてさし渡す。いとやんごとなきにはあらねど、卑しからぬ家の子ども、何の丞の君などいふものども、轅、鴟尾のなかに入りこみて、日の脚のわづかに見えて、霧ところどころに晴れゆく。あなたの岸に、家の子、衛府の佐など、かいつれて見おこせたり。中に立てる人も、旅立ちて狩衣なり。岸のいと高きところに舟を寄せて、わりなうただ上げに担ひ上ぐ。轅を板敷に引きかけて立てたり。

現代語訳

まず、作者は次のように歌を書き、対岸へ渡す。

人の心はつらいものです。宇治の網代にたまたま寄る氷魚までも、探しに来られたのですね。

舟がこちらの岸へ寄って来るころ、兼家から返歌が届く。

あなたが帰る日を心の中で数えながら待っていました。あなた以外の誰のために、網代まで訪れるでしょうか。

返歌を見ているうちに、牛車を舟に据え、人々が騒ぎながら対岸へ渡す。それほど高貴ではないが、身分の低くない家柄の若者たちが、牛車の轅や鴟尾の間に入り込む。川を渡るうちに日差しがわずかに見え、霧が所々で晴れていく。向こう岸では、家の子や衛府の佐などが連れ立ってこちらを見ている。その中に立つ兼家も、旅姿の狩衣を着ている。高い岸へ舟を寄せ、牛車を無理に担ぎ上げ、轅を板敷に引っ掛けて立てておく。

二首の掛詞、作者の皮肉、兼家の返歌との対応は、後半の「古文の『網代』と二首の和歌」で詳しく整理します。

5.「とかうものするほど」から落忌と贈答まで

古文本文

落忌のまうけありければ、とかうものするほどに、川のあなたには、按察使の大納言の領じ給ふところありける。「このごろの網代御覧ずとて、ここになむものし給ふ」といふ人あれば、「『かうてあり』と聞き給へらむを、まうでこそすべかりけれ」など定むるほどに、紅葉のいとをかしき枝に、雉、氷魚などをつけて、「かうものし給ふと聞きて、もろともにと思ふも、あやしう物なき日にこそあれ」とあり。御返り、「ここにおはしましけるを、ただ今さぶらひ、かしこまりは」などいひて、単衣ぬぎてかづく。さながらさし渡りぬめり。また、鯉、鱸などしきりにあめり。

現代語訳

参籠中の精進を終える落忌の準備があったので、あれこれしている間に、「川の向こうには按察使大納言が所有していらっしゃる所があります。大納言は、この時期の網代を御覧になるため、ここに滞在していらっしゃいます」と言う人がいる。そこで一行では、「私たちがこのようにこちらまで来ていると、すでにお聞きになっているだろうから、こちらから参上すべきだったのに」などと相談する。そうしているうちに、紅葉の美しい枝に雉や氷魚などを添えた贈り物と、「こちらにいらっしゃると聞き、御一緒したいと思いましたが、あいにく何もない日でして」という文が届く。一行側は返事として、「こちらにいらっしゃったとは存じませんでした。ただ今お伺いいたします。恐れ入ります」などと述べ、単衣を脱いで使者に与える。使者は受け取ったまま、そのまま川を渡って行ったようだ。さらに、鯉や鱸なども次々に届いたようである。

6.酒宴から京の自邸への帰着まで

古文本文

あるすき者ども、酔ひあつまりて、「いみじかりつるものかな。御車の月の輪のほどの、日にあたりて見えつるは」ともいふめり。車の後のかたに花、紅葉などやさしたりけむ、家の子とおぼしき人、「近う花咲き、実なるまでなりにける日ごろよ」といふなれば、後なる人も、とかくいらへなどするほどに、あなたへ舟にてみなさし渡る。「論なう酔はむものぞ」とて、みな酒飲む者どもを選りて、率て渡る。川のかたに車向かへ、榻立てさせて、二舟にて漕ぎ渡る。さて、酔ひまどひ、歌ひ帰るままに、「御車かけよ、かけよ」とののしれば、困じていとわびしきに、いと苦しうて来ぬ。

現代語訳

風流を好む者たちが酔って集まり、「実に見事だったことよ。御車の車輪の辺りが日を受けて見えた光景は」などと言っているようだ。牛車の後ろに花や紅葉などを挿していたのであろうか。家の子と思われる人が、「つい先ごろ花が咲いたと思ったのに、もう実がなるまでになった、このごろの時の移り変わりよ」と言うので、後ろにいる人もあれこれ返事をする。そうしているうちに、一行は皆、舟で向こう岸へ渡る。「きっと酔ってしまうだろう」と言い、酒を飲む者たちを選んで連れて渡る。川の方へ車を向け、腰掛けを置かせ、二艘の舟で漕ぎ渡る。その後、人々はひどく酔い、歌いながら帰る。「お車を進めよ、進めよ」と騒ぎ立てるので、作者は疲れ、たいそうつらい思いをしながら、京の自邸へ帰り着いた。

「近う花咲き、実なるまで」:花から実へ移る時間の経過を述べた表現です。牛車の後ろに挿した花や紅葉を見て発した言葉と考えられます。

誰かの出世や将来を直接たとえた発言かどうかは、この場面だけからは断定しません。

この場面のあらすじと移動経路

作者は、もう少し長谷寺にとどまりたいと思いながらも、供の者たちに促されて京へ向かいます。久世に一泊した翌朝、兼家の随身と出会い、兼家が宇治にいることを知ります。宇治川では霧の中に網代が見え、作者と兼家は和歌を交わします。その後、落忌の準備や按察使大納言側との贈答、酒宴を経て、作者は疲れながら京へ帰ります。

初瀬・長谷寺

参籠を終え、名残を惜しみながら出発

久世

日が暮れたため宿泊し、夜明けを待つ

宇治川

随身、霧、網代、和歌、舟渡し

京の自邸

宴の騒がしさに疲れながら帰着

登場人物と人物関係

『蜻蛉日記』の本文では主語が省略される箇所が多いため、人物関係を整理しておくと、敬語や和歌のやり取りが読みやすくなります。

蜻蛉日記の登場人物と宇治川の場面をイメージした画像
主語が省略される箇所では、人物の位置と敬語の向きを合わせて確認します。

作者・藤原道綱母

初瀬から京へ帰る途中、宇治川で兼家と和歌を交わします。

藤原兼家

作者の夫。宇治に来ており、作者が帰ったか確かめるため随身を向かわせます。作者の歌に対して返歌を送ります。

随身

兼家に仕える従者。馬で作者の一行を追い、兼家の命令を伝えます。

供の男たち

作者に同行し、出発や移動を促します。牛車や舟の準備にも関わります。

家の子・衛府の佐

宇治川の舟渡しや酒宴の場面に登場する、兼家側の若者や官人です。

按察使大納言

対岸の土地を所有し、網代を見るために滞在しています。一行との間で贈答が行われます。

敬語を読むときは、「誰が話しているか」「誰が動作主か」「誰に敬意が向いているか」を分けます。本文中の具体例は敬語の向きで整理します。

古文の「網代」と二首の和歌

網代とは何か

網代は、川の瀬に杭や竹などを設け、水の流れを利用して魚を捕る設備です。本文では、宇治川の景物であると同時に、作者と兼家が和歌を交わすための題材になっています。

古文で網代が出たときの読み方:網代は単なる設備名ではなく、宇治川の季節感や情景を作る語として働きます。

この本文では、霧の下から網代が見えることで場面の趣が生まれ、さらに「氷魚」「寄る」「宇治」という語が作者の皮肉と結び付きます。

網代の一般的な仕組み

水と魚が川を下る

杭や竹で流れを導く

簀状の部分で魚を捕る

「人ごころうぢの網代に」の歌は何を皮肉っているか

人ごころうぢの網代にたまさかに
よるひをだにもたづねけるかな

原文の区切り
人ごころ/うぢの網代に/たまさかに/よるひをだにも/たづねけるかな
掛詞
「うぢ」には地名の宇治と「憂し」、「よるひを」には「寄る氷魚」と「寄る日を」が重なります。
逐語的な訳
人の心はつらいものです。宇治の網代にたまたま寄る氷魚までも、探しに来られたのですね。
文脈上の意訳
珍しく私の寄る日を尋ねてくださったのですね。けれど、本当は私ではなく網代の氷魚が目当てなのではありませんか。
皮肉の対象
兼家が作者を気遣って来たのか、それとも網代見物のために宇治へ来たのか、という点を皮肉っています。

兼家の返歌

帰るひを心のうちにかぞへつつ
誰によりてか網代をも訪ふ

原文の区切り
帰るひを/心のうちにかぞへつつ/誰によりてか/網代をも訪ふ
作者の歌との関係
作者が「よるひを」と詠んだのに対し、兼家は「帰るひ」と受け直しています。
逐語的な訳
あなたが帰る日を心の中で数えながら、誰を目当てとして網代まで訪れるというのか。
文脈上の意訳
あなたが帰る日を待っていたのであり、あなた以外の誰のために宇治の網代まで来るでしょうか。
返歌での主張
兼家は、網代を見ることではなく、作者の帰る日を待つことが目的だったのだと、返歌の中で主張しています。

作者の歌と兼家の返歌の対応

観点 作者の歌 兼家の返歌
中心になる表現 よるひを 帰るひ
重なる意味 網代に寄る氷魚/作者が宇治へ寄る日 作者が初瀬から帰る日
作者・兼家の姿勢 兼家の来訪理由を皮肉る 作者を待っていたのだと答える
読み取りの注意 兼家が本当に自分のために来たのか疑っている 作者のために来たという主張を返歌で示している

事実と返歌の主張を分ける:本文から、兼家が宇治におり、作者の帰着を確かめるために随身を向かわせたことは分かります。一方、「作者を迎えることだけを目的として宇治へ来た」という内容は、兼家が返歌で示している主張として読みます。

「とかうものするほど」などの重要語句

語句 本文での意味
かへさ 帰り道、帰る途中。
屯倉 朝廷や皇室に関係する土地・施設を表す語。ここでは久世にあった宿泊場所の名称として出ています。
むづかし 不快だ、居心地が悪い。
調度 本来は道具類のこと。随身について用いられるここでは、弓矢などの武具を指します。
おこなふ 物事を進める、指図する。ここでは、先を急ぐように促すこと。
おぼつかなし はっきりしない、様子が分からない。
こちたく 大げさに、騒がしく。
いふかたなくをかし 言い表しようがないほど趣深い。
轅 牛車の前方に伸び、牛につなぐ二本の長い棒。読みは「ながえ」。
鴟尾 本文では牛車の後方へ突き出した部分を指します。読みは「とみのお」。
落忌のまうけ 参籠中の精進を終えるための準備。
家の子 貴族家に仕える、一定の家柄を持つ若者。
かづく 褒美として衣服を与える。
あるすき者 風流や芸能、酒宴などを好む者。「すき者」は、ここでは風流人に近い意味です。
御車の月の輪 牛車の車輪、または車輪の円形部分を指す表現。日を受けて見えた様子を人々が褒めています。
榻 牛車の轅を置いて支える台。読みは「しぢ」。文脈によって腰掛け状の台として説明されます。
論なう 言うまでもなく、きっと、間違いなく。
困ず 疲れる、くたびれる。本文では作者が移動や騒がしさに疲れた状態を表します。

「とかうものするほど」の意味

現代語訳:あれこれしている間に。

  • とかう:あれこれ、何やかや。
  • ものす:サ行変格活用の動詞。ここでは「する」。
  • ほどに:その間に、すると。

「とかうものするほど」では何をしていたのか

この場面では、単に「何かをしていた」というより、落忌の準備、按察使大納言の滞在を知ること、こちらから参上すべきだったと相談すること、贈答を受けることが続いています。

  • 参籠中の精進を終える落忌の準備をしている。
  • 川の向こうに按察使大納言の所有地があると分かる。
  • 大納言が網代を見に来ていると知る。
  • こちらから訪問すべきだったと相談する。
  • 紅葉の枝、雉、氷魚などを添えた贈り物が届く。

「ものし給ふ」の意味

「ものす」に尊敬の補助動詞「給ふ」が付いた表現です。同じ「ものす」でも、文脈によって「いる」「来る」「する」などに訳し分けます。

  • ここになむものし給ふ:按察使大納言がここに滞在していらっしゃる。
  • かうものし給ふ:兼家たちの一行が、このようにこちらにいらっしゃる。

「かうてあり」とは何か

ここでは、兼家たちの一行が「このようにして、こちらまで来ている」ことを指します。

「『かうてあり』と聞き給へらむ」は、「私たちがこのように来ていると、すでにお聞きになっているだろう」という意味です。

検索時に「とかうものしつ」と入力されることがありますが、この場面で確認する表現は「とかうものするほど」と「ものし給ふ」です。

助動詞「ぬ」と「来ぬ」の読み方

着きぬべけれど

着き+ぬ+べけれ+ど

「ぬ」は完了。「べけれ」は助動詞「べし」の已然形で、接続助詞「ど」に続きます。「着いてしまいそうだが」の意味です。

さし渡りぬめり

さし渡り+ぬ+めり

「ぬ」は完了、「めり」は推定です。「そのまま渡って行ったようである」と訳します。

来ぬ

来(き)+ぬ

「来」の連用形「き」に完了の「ぬ」が付きます。「来た、帰り着いた」の意味です。

「きぬ」と「こぬ」の違い

来ぬ・きぬ

来・連用形「き」+完了「ぬ」

意味:来た、到着した。

来ぬ・こぬ

来・未然形「こ」+打消「ず」の連体形「ぬ」

意味:来ない。

本文末では、人々が酔って騒ぎ、作者が疲れて苦しい思いをしながら京へ帰り着く流れです。そのため「いと苦しうて来ぬ」は、「苦しい思いをして帰って来た」と読みます。

「まうでこそすべかりけれ」の文法

「こそ」と「けれ」は係り結びです。「こそ~けれ」という形だけを反実仮想と判断するのではありません。

「すべかりけれ」は「するべきであった」という意味です。実際には先に参上していないため、文全体から「参上すべきだったのに」という反省が読み取れます。

助動詞を別の本文でも見分けたい場合は、古文助動詞の接続一覧と見分け方で接続と意味を確認できます。

活用形を一覧で確認したい場合は、古文助動詞活用表PDFも利用できます。

『蜻蛉日記』の敬語表現と敬意の向き

敬語は、敬語表現だけでなく、動作主と敬意を向けられている人物を分けて確認します。特にこの本文では、兼家への敬語と作者への敬語を混同しないことが大切です。

敬意の向きで整理する

敬意の向き 本文中の表現 確認するポイント
藤原兼家への敬意 おはしまし着きて/仰せごと 兼家が宇治の院に着いたこと、随身に命じたことに関わる敬語です。
作者への敬意 帰らせ給ひぬや 命じたのは兼家ですが、「帰る」の動作主は作者です。
按察使大納言への敬意 領じ給ふ/御覧ず/ものし給ふ/聞き給へらむ 対岸の土地を所有し、網代を見るために滞在している按察使大納言への敬語です。
訪問先への敬意 まうで/さぶらひ 兼家たちの一行が、按察使大納言に対してへりくだる表現です。

「帰らせ給ひぬや」はなぜ作者への敬語なのか

この表現は、随身が兼家の命令を伝える発言の中に出てきます。命じたのは兼家ですが、「帰る」という動作をしているのは作者です。

  • 発言者:兼家の随身
  • 命じた人物:藤原兼家
  • 帰る動作主:作者
  • 「給ふ」の敬意:作者に向く

「聞き給へらむ」の組み立て

尊敬の補助動詞「給ふ」に、完了・存続の助動詞「り」と推量の助動詞「む」が続く形です。ここでは、按察使大納言が一行の到着をすでに聞き知っている状態だろう、と推量しています。

復習用まとめ|この場面で押さえたい入試古文の要点

本文と各解説を読んだ後は、次の4点を自分で説明できるか確認すると整理しやすくなります。

1.主語判断

随身の発言で、兼家の動作と作者の動作を分けて読めるか確認します。

2.敬語の向き

敬語表現だけでなく、誰の動作で誰に敬意が向いているかを確認します。

3.和歌の応酬

作者の皮肉に対して、兼家がどの表現を受けて返しているかを確認します。

4.助動詞の識別

「ぬ」などを、語形だけでなく接続と文脈から判断できるか確認します。

霧、網代、舟渡しといった情景も、人物の位置関係や和歌のやり取りを理解する手がかりになります。

本文に基づく確認問題

以下は本文理解のための独自問題です。実際の2020年入試問題を転載したものではありません。

問題1:「帰らせ給ひぬや」の動作主と敬意の対象を答えてください。

解答:動作主は作者で、敬意を向けられている人物も作者です。

問題2:「いとおぼつかなし」と感じた直接の理由を答えてください。

解答:霧が一面に立ち込め、通って来た方向も見えないほど視界が悪かったためです。

問題3:作者の歌と兼家の返歌は、どのようなやり取りになっていますか。

解答:作者は、兼家が本当に自分を気遣って来たのか、それとも網代の氷魚が目当てなのかと皮肉を述べます。兼家は返歌で、作者の帰る日を待ち、作者のために網代まで来たのだと主張しています。

問題4:「着きぬべけれど」の「べけれ」が已然形になる理由を答えてください。

解答:後ろに已然形接続の接続助詞「ど」が続くためです。

問題5:本文末の「来ぬ」は、なぜ「来ない」ではないのですか。

解答:カ変動詞「来」の連用形「き」に、完了の助動詞「ぬ」が付いた「きぬ」だからです。本文では、作者が苦しい思いをしながら京へ帰り着いたことを表します。

問題6:「とかうものするほど」では、どのような出来事が続いていますか。

解答:落忌の準備をしているうちに、向こう岸に按察使大納言の所有地があると分かり、大納言が網代を見るために滞在していることを知ります。その後、こちらから参上すべきだったと相談し、紅葉の枝、雉、氷魚などを添えた贈り物が届きます。

『蜻蛉日記』のよくある質問

このページは『蜻蛉日記』全体の現代語訳ですか。

いいえ。『蜻蛉日記』全体の全文訳ではありません。このページで扱うのは、公開本文上の「かくて、今しばしもあらばや」から「いと苦しうて来ぬ」までの関連場面です。

「ただいまある文を見れば」の現代語訳はこのページにありますか。

このページの掲載範囲内では、「ただいまある文を見れば」という本文は扱っていません。

2020年関西学院大学の出題本文と完全に同じですか。

2020年関西学院大学の問題冊子そのものは確認できていないため、完全に同じとは断定していません。このページは、公開本文をもとにした関連場面の学習用解説です。