2020年関西学院大学『蜻蛉日記』人心うぢの網代|本文全文・現代語訳と語句解説

大学入試古文/蜻蛉日記
2020年 関西学院大学 全学部入試

次の文章は『蜻蛉日記』の一節で、年来の宿願を果たすために
初瀬(奈良盆地南東部にある長谷寺)に参籠した作者が、
供の者たちに急かされて京への帰途につくところから始まります。
途中、夫の藤原兼家が宇治まで迎えに来ていたことが分かります。

本ページでは、この2020年 関西学院大学 全学部入試(2/1実施)国語で出題された
『蜻蛉日記』の本文を全文掲載し、現代語訳
語句・文法のポイント
出題のねらい・読解のポイント
復習チェックリストをまとめます。

リード文・このページの活用法

宇治川の網代や霧の情景、夫との再会場面を通じて、
古典常識・人物の心情・和歌表現をどう読むかが問われる文章です。
共通テスト国語(古文)と、関関同立レベルの私大古文をつなぐ教材として活用してください。

想定読者 関西学院大学・関関同立レベルの古文対策をしたい受験生
ニーズ 共通テスト古文の「情景+心情」の読み方を鍛えたい人
先生向け 授業や講習で蜻蛉日記を扱いたい先生方の教材素材
  • 情景描写から心情を読み取る練習に使う
  • 語句・文法を確認してから現代語訳を精読する
  • 二首の和歌を、夫婦関係と結びつけて読み解く

文章『蜻蛉日記』【本文】

古文本文(2020年 関西学院大学 全学部入試 出題部分)

かくて「今しばしも(長谷寺に)あらばや」と思へど、明くればのゝしりて出だし発つ。
かへさは忍ぶれど、こゝかしこ、あるじしつゝ留むれば、もの騷がしうて過ぎゆく。
三日といふに京に着きぬべけれど、いたう暮れぬとて、山城国久世のみやけといふところにとまりぬ。
いみじうむつかしけれど、夜に入りぬれば、たゞ明くるを待つ。まだ暗きより行けば、黒みたる者の調度負ひて(馬を)走らせて来。
やゝ遠くより下りてついひざまづきたり。見れば(兼家の)随身なりけり。
「何ぞ」とこれかれ問へば。「昨日の酉の時ばかりに宇治の院におはしまし付きて、
『帰らせ給ひぬやと、参れ』と、仰せ侍りつればなむ」といふ。
先なる男ども、「疾う促せや」など行ふ。宇治の川に寄るほど、霧は来し方見えず立ち渡りて、いとおぼつかなし。
車かきおろして、こちたくとかくするほどに、人声多くて「御来おろし立てよ」とのゝしる。
霧の下より例の網代も見えたり。いふかたなくをかし。
みづからはあなたにあるなるべし。まづ、かく書きて渡す。人心うぢの網代にたまきかによるひをだにも訪ねけるかな

舟の岸に寄するほどに、返し、

帰るひを心のうちにかぞへつゝたれによりてか網代をも訪ふ

見るほどに車(を舟に)かきすゑて、のゝしりてさし渡す。
いとやんごとなきにはあらねど卑しがらぬ家の子ども、何の丞の君などいふものども、
轅、鴟尾の中に入り込みて(川を渡っていくうちに)日の脚のわづかに見えて、
霧ところどころに晴れ行く。
あなたの岸に、家の子。衛府の佐など、かい連れて見おこせたり。
中に立てる人も旅だちて狩衣なり。
岸のいと高きところに舟を寄せて、わりなうたゞ上げに担ひ上ぐ。
轅を板敷に引きかけて立てたり。

落忌の設けありければ、とかうものするほど、
「川のあなたには按察使大納言の領じ給ふところありける、このごろの網代ご覧ずとて、
こゝになむものし紿ふ」にといふ人あれば、「かうてありと聞き給へらむを、
まうてこそすべかりけれ」などさだむるほどに、
紅葉のいとをかしき枝に雉子、氷魚などを付けて、
「かうものし紿ふと聞きて、もろともにと思ふも、あやしう物なき日にこそあれ」とあり。
御返り、「こゝにおはしましけるを。たゞ今さぶらひ、かしこまりは」などいひて、
単衣ぬぎて(使者に)かづく。さながらさし渡りぬめり。また、鰹、鱸などしきりにあめり。

車の後のかたに花紅葉などやさしたりけむ、家の子と思しき人、
「近う花咲き実なるまでなりにける日ごろよ」といふなれば、
後なる人もとかくいらへなどするほどに、あなたへ舟にて皆さし渡る。
「論なう酔はむものぞ」とて、皆酒飲む者どもを選りてゐて渡る。
川のかたに車向かへ榻立てさせて、二舟にて漕ぎ渡る。
さて、酔ひまどひ、歌ひ、帰るまゝに、「御車、かけよ、かけよ」とのゝしれば、
困じていとわびしきに、いと苦しうて(京の自邸に)来ぬ。

語注

久世 宇治川の少し南にある郡の名。京へは宇治川を渡り、北上する。
調度 ここでは、弓矢のこと。
網代 川の瀬に設ける魚捕りの設備。氷魚を捕らえるのに用いた宇治川の網代は当時有名であった。
鴟尾 牛車の後方(轅の反対側)に突き出した二本の捧。
日の脚 日差し。
落忌 精進落とし。作者は長谷寺参籠のために精進をしていた。

文章『蜻蛉日記』【現代語訳】

現代語訳

こうして「もう少しだけでも(長谷寺に)いたいものだ」と思うのだが、
夜が明けると(供の者たちが)大騒ぎして出発させてしまう。
名残惜しさはこらえるものの、あちらこちらで宿の人がもてなして引きとめるので、
あわただしく時が過ぎていく。
三日もあれば都に着いてしまいそうではあるが、日はひどく暮れてしまったというので、
山城国の久世の御厨というところに泊まった。
たいそう居心地が悪かったが、夜になってしまうと、ただ夜が明けるのを待つばかりである。まだ暗いうちに出発して行くと、黒い装束の者が、武具を背負って馬を走らせてやって来る。
やや遠くから馬を下りて、さっとひざまずいた。
見ると(夫・兼家の)随身であった。
「何事か」とあれこれ尋ねると、
「きのうの酉の刻ごろに、殿は宇治の院にお着きになりまして、
『(あなたが)お帰りになったか、様子を見て参れ』とおっしゃいましたのでございます」
と言う。
先を行っていた男たちは、「早く促せよ」などと言い合う。宇治川のほとりに近づくころには、霧が立ちこめて来た方も見えないほど一面に立ちわたり、
とても様子がわからない。
牛車を川岸に引きおろして、あれこれ大げさに準備をしていると、
人の声が多くして「ご到着のお車をお下ろし申し上げよ」と騒ぎ立てる。
霧の下からは、例の網代も見えた。
何とも言いようがないほど趣深い眺めである。
殿ご自身は対岸にいらっしゃるのであろう。
まず、次のように書いて(和歌を)お渡しする。人心うぢの網代にたまきかによるひをだにも訪ねけるかな
―人の心というものは、宇治の網代に寄せてくる玉の緒のように、
せめて今日のようにこちらを訪ねてきてくれたことよ。

舟が岸に寄せられるころに、お返しの御歌をくださる。

帰るひを心のうちにかぞへつゝたれによりてか網代をも訪ふ
―帰る日を心の中で数えながら、いったい誰を頼りに、その網代までも訪れたらよいのであろうか。

見ているうちに、牛車を舟に引き上げてすえつけ、人々が大騒ぎしながら川の向こうへと漕ぎ渡す。
さほど高貴な身分ではないが卑しめられるような家柄でもない若者たち、
「何々の丞の君」などという人たちが、轅や鴟尾の間に乗り込んで、
川を渡っていくうちに日の光がわずかにさし、霧がところどころ晴れていく。
向こう岸には、殿の家の子や衛府の佐などが連れ立ってこちらを見上げている。
その中ほどに立っている方も、旅に出られて狩衣姿である。
岸のたいそう高いところに舟を寄せて、牛車を無理やりただ上へと担ぎ上げる。
轅を板敷に引っかけて立てかけてある。

(長谷寺参籠後なので)落忌の儀式の準備があったので、あれやこれやとしているうちに、
「川の向こうには按察使大納言がお領地になさっているところがあって、
このごろの網代をご覧になるということで、ここにおいでになっています」
と言う人がいるので、
「そのように(殿が)いらっしゃるとお聞きになったなら、こちらから参上するのが当然であったのに」
などとお返事を差し上げていると、
紅葉のたいそう趣のある枝に雉子や氷魚などをつけて、
「このようにおいでになっていると聞いて、ぜひご一緒にと思いましたのに、
あいにく何も差し上げる物のない日でして」と(兼家からの贈り物が)ある。
こちらからのお返しには、「こちらにおいででいらっしゃったのですね。
たった今、お伺いいたします。もったいないことで」と申し上げて、
単衣を脱いで使者にお与えになる。
そのまま(殿のもとへ)お渡りになったのであろう。
また、鰹・鱸なども次々と送られて来る。

車の後ろの方に花や紅葉などを差していたのであろうか、殿の家の子と思われる人が、
「近くで花が咲き実を結ぶころになるまでの長い間でしたねえ」と言うので、
後ろにいる人もあれこれと答えたりしているうちに、
こちら側の者も皆、舟で向こう岸へ渡る。
「議論抜きで酔ってしまおうではないか」と言って、
皆、酒を飲む者たちを選んで座らせて渡る。
川のほとりに車の向きを変えて、腰掛けを並べさせ、
二艘の舟で漕ぎ渡る。
そうして酔い迷い、歌いながら、宇治から帰る途中、
「御車を進めよ、進めよ」と騒ぎ立てるので、
(急かされる側は)疲れてひどくつらい思いをしながら、
やっとのことで京の自邸に戻った。

語句・文法のポイント

語句のポイント

  • むつかし…「不快だ・居心地が悪い」の意。
    現代語の「難しい」とは意味が異なるので要注意。
  • おぼつかなし…「はっきりしない・様子がわからず不安だ」。
    霧にかすむ情景と、作者の不安な心が重ねられている。
  • いふかたなくをかし…「言いようもないほど趣深い」。
    宇治川・霧・網代のセットで、名所の美しさと季節感を表す。
  • やんごとなきにはあらねど卑しがらぬ家の子ども
    「最高位ではないが、卑しいわけでもない身分」の若者。
    中流貴族層の雰囲気をイメージしておく。
  • 落忌の設け…参籠後の精進落としの準備。
    宗教的な行事と、贈答や宴の世界が連続していることが分かる。
  • 網代…宇治川名物の魚捕り設備。
    名所・歌枕として、和歌の題材にもよく使われる。
  • 人心うぢの網代に…/帰るひを心のうちに…
    いずれも「網代」をモチーフに、人の心の寄り方、待つ時間の長さを詠んだ和歌。

文法・敬語のポイント

  • 着きぬべけれど…「ぬ」(完了)+「べし」(推量)の連体形「べけれ」。
    「三日もあれば京に着いてしまいそうだが」という話し手の判断。
  • おはしまし付きて/帰らせ給ひぬや
    いずれも夫・兼家に対する尊敬語。「おいでになって」「お帰りになったか」の意。
  • 聞き給へらむを、まうてこそすべかりけれ
    「聞き給ふ」(尊敬)+「らむ」(現在推量)+「こそ〜けれ」(反実仮想)。
    「お聞きになったなら、こちらから参上するべきだったのに」という礼儀上の反省。
  • さし渡りぬめり…「ぬ」(完了)+「めり」(推定)。
    「そのまま渡って行ったようである」と、作者の見聞をやわらかく示す。
  • 来ぬ…文脈上は「来てしまった」の完了。
    「来ない」の打消と形が同じなので、助動詞か否かを文脈で判別する。
  • 敬語の方向
    兼家に対する尊敬語(おはしまし・仰せ侍りつればなど)と、
    作者側の丁寧表現(さぶらふ・かしこまり)を整理しておくと、
    人間関係の距離感が読み取りやすい。

出題のねらい・読解のポイント

関学がこの一節で見ている力

  • 場面・人物関係の把握
    作者・夫(兼家)・随身・家の子・衛府の佐など、
    多数の登場人物の役割と立場を整理する力。
  • 古典常識の理解
    初瀬参籠・久世・宇治川の網代・落忌・官職名など、
    背景知識を踏まえて読み進める力。
  • 情景と心情の結びつき
    霧・網代・舟渡し・紅葉といった描写から、
    作者の期待・不安・安堵・疲労感を読み取る力。
  • 和歌を含めた読解
    二首の和歌が、夫婦関係や「待つ時間の長さ」、
    再会への思いをどう表現しているかを考える力。

共通テスト古文にもつながる読み方

  • まず「誰が・どこで・誰に対して」行動しているのかを、
    敬語と地の文から丁寧に追う。
  • 名所・歌枕(宇治川・網代)が出てきたら、
    季節感と人物の感情をセットで意識する。
  • 和歌は直訳だけでなく、
    「なぜこのタイミングで詠まれるのか」「どんな心情のやりとりか」まで考える。
  • 会話部分(随身・家の子の発言)と地の文のトーンの違いに注目し、
    作者の視点・価値観をつかむ。

復習チェックリスト

内容理解チェック

  • [ ] 初瀬→久世→宇治→京という移動の流れを、自分で図にできる。
  • [ ] 宇治川の場面で、霧・網代・舟渡しがどのように描かれているか説明できる。
  • [ ] 兼家からの使者・贈り物の内容と、それに対する作者の応対を言葉でまとめられる。
  • [ ] 最後の「酔ひまどひ、歌ひ…」部分における雰囲気と、
    作者の本音(疲労感・わびしさ)を説明できる。

語句・文法チェック

  • [ ] 「むつかし」「おぼつかなし」「いふかたなくをかし」の意味を言える。
  • [ ] 「着きぬべけれど」「さし渡りぬめり」「来ぬ」の助動詞の意味・用法を判別できる。
  • [ ] 尊敬語・謙譲語・丁寧語をそれぞれ二つずつ抜き出し、
    誰から誰への敬意か説明できる。

記述・現代語訳対策チェック

  • [ ] 宇治川の場面を、情景と心情を絡めて150〜200字で要約してみた。
  • [ ] 二首の和歌を意訳し、「人心」「帰るひ」が表す気持ちを自分の言葉で書ける。
  • [ ] 「古典常識が分からないと読みにくい箇所」を三つ挙げ、
    調べた内容をノートに整理した。

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「同レベルの別テキスト」→「共通テスト古文」→「志望校の過去問」
という流れで一気に実戦力を伸ばしましょう。

  • このページの要点をノートに写して「自分用まとめ」を作る
  • 二首の和歌を、別の古文(伊勢・蜻蛉・枕草子など)と比較してみる
  • 関学以外の関関同立過去問にも、同じ読み方を広げていく