古典常識「内裏」

今日は【内裏】についてお話をします。

こちらは平安京の大内裏の図です。
大内裏というのは、平安京の官庁街という事になりますが、役所がたくさん並んでいる中
ここが内裏というエリアになります。
それぞれの役所はそれぞれの役所の中で行政実務をしています。
ですが、政務といいますか、大きな方針を決めるのは各役所の現代で言う大臣クラス、そうした人たちがこの内裏に集まってこちらで決定をしていくという事になります。

内裏がこちらになります
先ほどの内裏、南から入っていくと建礼門という大きな門があります。
建礼門を抜けて承明門という門を抜けると、紫宸殿の南庭と言われる庭に出ます。
南庭から北を見ると紫宸殿という大きな建物があります。
こちらは内裏においての中心の建物になりますが、この紫宸殿というのも日常の政務というのではなくて、大きな儀式で用いられる事になる建物になります。

この紫宸殿ですが、向かって東側、ここに桜が植わっています。反対側が橘です。
ですので、天皇というのは常に南を向きますから、天皇から見て右手にある右近の橘、そして左手にある左近の桜という木がそれぞれ植わっているという事になります。
さて、この紫宸殿に渡り廊下で繋がっている、ちょうどここでいう5番の建物が清涼殿という事になります。
この清涼殿というのは、天皇が日常を過ごす、そして日常の政務を行うのがここの神殿という建物になります。これについてはまた別動画で詳しくお話をいたします。


さて、この紫宸殿よりも北側に位置する、ちょうどこのエリアです。
このエリアに位置する建物群を一括して、後宮と呼ぶ事が多いです。
この後宮というのは読んで字のごとく、後ろの宮と書く訳ですが、この表、パブリックのスペースに対して裏、プライベートのスペースになるという事になります。
天皇の妻妾、妻・妾という字を書きますが、天皇の奥さんたちが暮らすエリアという事になります。
それぞれについて、それぞれ名前がついています。
例えば1番の建物は、襲芳舎、雷鳴壺とか、2番が凝華舎、梅壺、3番が飛香舎、藤壺とかです。
有名なのは例えば3番の藤壺、11番の弘徽殿、15番の桐壺というのは源氏物語にも登場する有名な建物群になります。
このあたりの名前、それと場所というのはある程度イメージが付くようにしてもらいたいです。
ちなみにこの藤壺とか梅壺といった建物のあだ名はなぜそのような名前になっているかというと
ちょうど壺庭になっています。
例えば2番の建物は梅壺という名前が付いていますが、壺庭に梅が植わっているので梅壺、3番の建物は壺庭に藤が植わっているので藤壺、桐壺も梨壺というそれぞれあだ名が付いた建物があるという事は知っておいて下さい。
また、源氏物語で考えてみると非常に分かりやすいですが、天皇の奥さんにはランクがあります。
父親の立場、身分、そういったものや、天皇がその妻妾に対してどれくらい愛情があるのかというようなものもあるでしょうが、立場というのが一人一人異なります。
同じ天皇の奥さんの間でも当然差別がある訳です。
その中に、例えば源氏物語で言えば冒頭桐壺の巻の所で、桐壺の更衣というのは、この15番の建物、桐壺に暮らしている訳です。光源氏のお母さんにあたります。
また、一の御子、後の朱雀帝ですが、この人のお母さんは11番の弘徽殿に暮らしています。
ですので、弘徽殿女御と言われる訳です。
また、桐壺亡きあと、桐壺の更衣が亡くなったあと桐壺帝にとって最愛の妻妾であったのは藤壺です。光源氏が密通してしまった相手でもある訳ですが、この人は3番の建物、藤壺に暮らしていたから藤壺女御と呼ばれています。
藤壺や弘徽殿女御、特に弘徽殿女御は右大臣の娘です。
後ろ盾がしっかりしているので、天皇の清涼殿に近い所に暮らす訳です。
ですから藤壺とか弘徽殿というのが、源氏物語以外の作品でもそうですが、出てきた場合はその人は天皇の奥さん達の中ではランクが高い、階層が高い所にいる人だと考える事が出来ます。
また、逆に15番の所に暮らしていた桐壺の更衣というのは、こういったそれぞれの殿舎の渡り廊下を通って自分の殿舎に帰っていく訳です。
あるいは、帝が桐壺に会いに行くという事もあります。
この場合もやはり帝がこの殿舎の渡り廊下をずっと横を通っていて桐壺にまで行く訳です。
つまり、それぞれの建物に暮らしている天皇の奥さんたちからすれば、自分以外の妻妾が帝の下に通っている、帝に呼ばれて清涼殿に行く。
あるいは逆に、帝が自分以外の対象の下に夜な夜な出ていくという事を感じ取りながら生活をしているという事になる訳です。
ですから、桐壺の更衣が嫉妬によって他の天皇の妻妾たちの恨みを負ってしまったのだという事が描かれていますが、それはこうした建物の構造から起こるという事になる訳です。
そうした建物の構造、そして建物の格と言うんでしょうか、そこに暮らす人の格と建物の格といったものというのがリンクしているんだというぐらいの事は知っておいて頂けると良いんじゃないでしょうか。

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