【読解に役立つ古典常識】暦について
夏井(中学受験専門夏井算数塾代表):本日は、暦です。
古典の常識の中で、カレンダーの月、日の数え方、みなし方があると思います。
そちらの方のお話を伺いたいと思います。
岡部:という訳で、早速ですが夏井先生、春はいつから始まりますか?
夏井:これは三択ですよね?
岡部:三択です。
夏井:個人的な感情で言うと、多分1番の桜の咲く頃であって欲しいと私は思っています。
岡部:現代人の感覚としては桜が咲く頃です。
ですが、古文では1月から春がくると聞いた事がありませんか?
あれが一体何なのか、というような話を今日はしたいと思っています。
先ほど申した通り、古典の世界では春は1月からです。
年賀状によく書かれていますが、初春のお慶び申し上げます、と書いてあります。
あれが何で春なのか、1月はどう考えたって寒い時期です。
これはどうしてそういう事が起こるのか、という話をしたいのが今日のテーマです。
という訳で、なんでずれるのか、という所のお話からです。
使っているカレンダーが現代のカレンダーと違います。
現代、近代以前のカレンダーの事を何て言うか、夏井先生は御存じでしょうか?
夏井:ユリウス暦の話ですか?
岡部:ユリウス暦とかグレゴリオ暦とかという話ではないです(笑)
現代使っているグレゴリオ暦を中心としたカレンダーをなんと言いますか?
夏井:現代だと太陽暦ですか?
岡部:太陽暦ですね。
それ以前のカレンダーは何て言いますか?
夏井:太陰暦ですか?
岡部:太陰暦ですね。
後ほどこの太陰暦も、太陰暦と太陰太陽暦というのに分かれるという話をします。
ですが、まずはざっくりと分かりやすい話で、新暦、旧暦というのを聞いた事があると思います。
新暦、旧暦という話からしましょう。
旧暦で1月からが春だという事です。
1、2、3月、フォーシーズンズですから、12ヶ月を4で割るので3ヶ月です。
3ヶ月で春が終わります。そして4月からが夏です。
7月からが秋です。10月から冬という事になります。
そして、カレンダーの旧暦と新暦を直すのは実は簡単ではなく、年によって異なります。
なので何とも言えないですが、大体1ヶ月強、1ヶ月と10日とか、15日とかプラスされるぐらいです。
そうすると、現代で2月というのが旧暦の1月にあたります。
なので、2月からが春になります。
「五月雨を集めて早し最上川」という句があります。
五月雨というのは旧暦5月の雨の事です。
5月に降る雨といっても、5月は1年間で一番のピーカンの気持ちの良い季節ですが、
5月に降る雨というのは新暦で言うと6月末から7月の頭です。
なので、五月雨というのは梅雨の事を指します。
他にも五月晴れというものがあります。
五月晴れはどういう天気をイメージしますか?
夏井:もの凄い晴れだと思っていました。
岡部:GWくらいのピーカンの気持ちいい天気の事を言っていますよね?
それは本来は間違いになります。
梅雨の晴れ間みたいな形です。
ずっと雨が降っているのにちらっとだけ晴れる日の事を本来は五月晴れと言います。
ちなみに気象庁によると、五月晴れというのは現代ではGWくらいの気持ちいい天気の事を五月晴れと言うそうです。
ですが、本来は梅雨の晴れ間の事を五月晴れと言います。
この旧暦の考え方でいうと、もう一つ大事なのは7月は秋祭りだ、という事です。
秋の星祭りです。
先ほど言ったように、7月というのは秋の頭です。
ですから、秋の頭にやる秋祭りという事です。
そこを覚えておかなければいけないです。
有名な七夕の歌ですが
「秋風の吹きにし日より久方の天の河原に立たぬ日はなし」というものがあります。
久方の、は枕詞なので訳しませんが、この歌は秋風が吹いたその日から天の川のほとりに立たない日はない、という歌です。
つまり、立秋の頃です。
現代でいうと、8月の7日の事を立秋と言います。
立秋の頃、そろそろもう7月7日の七夕がやってくる、そわそわして牽牛が、彦星がやってくるだろうか?とずっと天の川の河原で彦星がやってくるのを待っている、そういう織姫に自分を見立てた歌になります。
秋風の、と言っていますので、これは秋祭りでなければならない訳です。
ですので、七夕は秋祭りです。
旧暦の7月7日ですが、新暦で言うと8月の15日とか20日とかそのぐらいにあたるという事になります。
例えば、東京近辺で言えば平塚が8月の後半の20日前後に行います。
仙台も8月7日に七夕祭りやりますが、あれは旧暦でやる訳です。
よくよく考えてみると、7月の新暦でやると梅雨の真っ最中です。
どう考えても織姫と彦星が会えないというかわいそうな事になりますので、
旧暦でやる方がよかろうと思います。
ですが、学校行事などの所為で7月にやるんだろう、とよく言われています。
そもそもとして、先ほどの話に戻りますが、2月から春だ、というのはカレンダーの説明としては納得頂けると思います。
しかし、2月から春というのは実感として合いますか?1年で一番寒いのが2月だろう、と思うと思います。
東京の場合1年で一番寒いのは2月です。
それを春と考えるのは、ちょっと無理があるんじゃないのか、とお思いの方もいるでしょう。
ですが、これにも一つ理由があります。
そもそも最初の質問の所で、桜が咲き始めた頃、3月のお尻から4月の頭ぐらいが春だと私たちは思っています。
私たちの季節感覚というのはそうな訳です。
古文の世界での季節感覚というのは、梅の花が咲くか咲かないかぐらいの時期になります。
現在で言うと2月です。
旧暦でいうと1月がそもそもとして春がやってくる季節だと考えている訳です。
季節感が近代以前と近代以後でずれているという事です。
ですからここまでのまとめとしては、カレンダーそのものがずれているという事です。
そして季節感覚自体も1ヶ月ずれていて、都合2ヶ月強ずれます。
なので、1月の頭から春が来るという古代の人たちと、3月のお尻ぐらいから春が来ると考えている私たちの間には2ヶ月強のずれが生じるという事です。
ご理解頂けましたでしょうか?
という訳で、ここから先は若干おまけです。
太陽暦と太陰暦という話を今さらっとお話をしましたが、そもそも太陽暦と太陰暦は何なのかを理解する必要があります。
例えば、春分、立春、冬至、夏至という言葉を簡単に使っていますが、これは太陽と地球との関係で決まる日付です。
つまり、太陽暦基準の日付です。
もちろんこれは旧暦の時代にも使っていましたが、私たちは太陽暦で生活をしているので、毎年春分がやってくる日は決まっています。
3月の21日頃です。
年によって1日2日ずれる事はありますが、基本的に太陽暦で生きている私たちにとってここは固定です。
春分、夏至、秋分、冬至というのは必ず決まっている訳です。
太陽暦では季節とカレンダーが一致します。
ところが太陰暦においては、月の満ち欠けで日付が決まります。
月の満ち欠けで日付が決まるのはどういう事かというと、毎年1日というのは朔です。
全く太陽が見えない日を1日と決める訳です。
3日、7日、15日と日付が進んでいくにつれて、月が段々満ちてきます。
また15日過ぎて、段々欠けていきます。
これについてはまた月についてお話をする際に説明をしますが、こうやって月が欠けていくと30日です。
30日でまた1日がやってきます。
欠けた段階で1日がやってきます。
1周するのに、大体29.5日掛かります。
これは理科の話です。
ところが、月の満ち欠けでカレンダーを作ると1ヶ月が29.5日です。
具体的には大の月、小の月と言いますが、30日の月と29日の月を交互においておく事になります。
いずれにせよ29.5日を12ヶ月で掛けると、354日です。
365日という太陽暦での1年から、太陰暦で1年である354日を引くと11日ずれる訳です。
つまり、3倍すると30日ですから、大体3年間で1ヶ月分のずれが生じます。
もっと言うと、12年で季節が1個分ずれてしまいます。
こんなカレンダーだと農業をやっている私たち中華文化圏の人間にとっては使い物にならないです。
ちなみに、月の満ち欠けだけでカレンダーにしている文化圏もあります。
例えば、イスラム暦、ヒジュラ暦と言われるものです。
これは純粋太陰暦と言いますが、月の満ち欠けだけでカレンダーを作るので、年によって、例えば断食月の9月、ラマダーンが行われる月ですが、これが日本ではずれるという事が起きます。
これは大砂嵐というお相撲さんですが、結構熱心なムスリムだったそうですから、夏の暑い盛りの本場所中にラマダーンがくるという事があったそうです。
別に戦争とか試合の場合は食べてもいいんだそうですが、彼は熱心な人だったので、決して日中にご飯を食べる事はなかったそうです。
カレー大好きというおじさんでした。
ともあれ、砂漠の文化圏においては完全な、いわゆる純粋太陰暦で作る暦を使うのは問題ない訳です。
ところが、農業文化圏である中華文化圏、日本も含めてですが、ここでは季節とカレンダーがずれると全く役に立たない訳です。
農業歴としての役に立たないんです。
だから、太陽暦との補正をしなければいけないという事です。
それが古文の世界で押さえておかなければいけないキーワードの一つです。
閏月というものがある訳です。
19年のうちに7回というのが正しい定義らしいですが、大体2、3年に1回おかれます。
どうおかれるかというと、例えば4月のあとに閏4月、4月´みたいな形で29日の4月が終わったあとの翌月にまた29日の間の閏月が続くという形になります。
このおかれる月は、観測所の定義で決まるので、例えばこの年が4月に閏月があったからといって、また次の月とは限りません。
結構ランダムにおかれます。
ちなみに閏月関する和歌も残っています。
あまり名歌、素晴らしい歌だとは思われませんが、閏月、七夕という事を詠んでいます。
「契りありて同じ文月の数添はば今宵もわたせ天の川舟」という歌があります。
これは、先月に契りを交わしたあの7月の同じ月がつまりこれは閏7月な訳です。
先月も会ったけど、もう一辺7月がやってきたからもう一辺会いたい、という歌になっています。
あまり大した歌じゃありませんが、当然七夕というのは7月7日会った翌年の7月7日まで会えない訳です。
次の会う機会を楽しみに待っている男女、織姫と彦星ですが、今月は閏7月だから、うまい具合に翌月もう一辺会えるのではないか、という事を読んだ歌になります。